東大阪の学び場|マナビー

第7回 哲学のマナビー

講師:居細工 豊

キーワード
『敷き写し・なぞり』

次の文章を読んで、後の設問に答えよ。


意味世界の敷き写し

ここまで説明してくれば三項関係の持つ重要性がほぼ見えてくるだろう。
赤ちゃんがこの世に生まれ出たときには、身の回りには父や母、祖父母や伯父伯母、あるいは兄弟姉妹、近隣の知人たちなど、すでにこの世の中を長く生きて、。
周囲を意味世界で張り巡らせている人たちがいる。
その人たちとのあいだで赤ちゃんは三項関係を生きる。
そこからどのようなことが展開していくことになるのか。

意味世界の敷き写し

父親が赤ちゃんと車で遊ぶ場面を想定して考えてみる。
父親はもちろん既に意味を充満させた世界に生きている。
そのことを上の図4-6では、父親を囲む大きな楕円の領域で表している。
この世界の中に彼にとって意味のないものはない。
例えば赤ちゃんにとって買ってきたおもちゃの車は、
父親にとっては当然、「車」としての意味を帯びている。
もちろんそれは実際の車とは違って、人を載せたり荷物を運んだりする。
現実の役割を担う乗り物ではない。

ただ、それが実際の車をなぞり(trace)、それを模擬したおもちゃであることを彼はよく知っている。
だからこそそういうものとしてこのおもちゃを買い、それを赤ちゃんに与えて、「ブーブーだよ」とか「ブーブーかっこいいね」などと言いながら床を道路に見立てて走らせたり、
お人形さんを荷台に乗せて動かしたりする。
父親はその意味世界の中で与えた意味に即してそのものに振る舞い、
そのことを赤ちゃんとの三項関係の中で一緒に生きようとする。
他方で赤ちゃんのほうは、父親から与えられた車のおもちゃが
いかなるものであるかを、最初は全く知らない。
たとえば真っ赤な色の、手触りのツルツルした、床に打ちつけるとカツカツと硬質の音を立てるなにものかでしかない。

そこで赤ちゃんは、何か面白そうなものだということで、
つかんで口にくわえてしゃぶったり、
壁にガンガン落ち着けたり、机から手で払い落としたり、投げようとしたりする。
そうしているうちに、底部についた四つの黒い円形の輪が手で触るとくるくると回り、
床に置いて手で突けば、なめらかに走ることにも気づく。

こうした物理的な特性は、赤ちゃんがこれで遊んでいるうちにわかってくる。
しかし赤ちゃんが単独で知ることができるのはそこまでである。
それが「車」として、運転手が動かし、人を乗せ荷物を運ぶものであると言う意味は、そのもの自体からはわかりようがない。

このいわば車の社会的・文化的な意味は、
すでにこれを長く生きてきた人々と経験を
共有する中で初めて学ばれていくものなのである。

図において赤ちゃんの側の周囲を点線の楕円で囲んでいるのは、
やがてそこに他者との共有経験を通して
意味世界が埋められていくことが予定されてはいるが、
少なくとも出発の時点ではそこに意味が満たされてはいないことを示している。

こうしたいわば意味の空白から出発して、
三項関係の場で、赤ちゃんは父親や母親が周囲のものに対して注ぐまなざし、その見方、感じ方、操り方をなぞる。
そうして父親や母親たちが生きている意味世界が赤ちゃんの側に浸透していく。
あるいは私たちが小さな頃、描きたい絵が自分の力では写せない時、
見本の絵の上に薄い紙を置いて、下の見本絵をすかしてなぞったように、
すでに父母たちの描いていた意味世界を敷き写していくのだと言ってもよい。

鉛筆が鉛筆になる、コップがコップになる、車が車になる、机が机になる、椅子が椅子になる、窓が窓になる………。
こうしたことのすべてがこの三項関係の場を介した敷き写しによって成り立つのだとすれば、
この三項関係の発達上の意味はどれほど強調しても強調しすぎることはない。

三項関係が意味世界のオルガナイザーとなるというのはこうした意味においてである。
身体組織の発生初期において、まだこうしたものになるということの決まっていない領域が、
オルガナイザーの働きで一定の方向付けを受けて、
組織的に器官形成がなされていくのと同じように、
まだこれという意味を帯びていないものたちが、
周囲の他者との三項関係を通して、一定の意味のものとして赤ちゃんの世界に根を下ろしていく。

もちろん人により場所により、あるいは時代により民族により、
その意味のニュアンスは異なるであろう。
しかし同時代をこの地球上で生きている私たちはおおよそ共通の意味世界を生きている。
でなければ人は互いに理解しあうことができない。
誰もが前の世代の人たちから意味世界を敷き写し、
またやがて大人になって次の世代を生み出しては、
その次の子どもの世代に意味世界を敷き写させていく。
そこに人間の生きる共通の土俵が広がっていくのである。

(浜田寿美男著『「私」とは何か』(意味世界の敷き写し)
講談社選書メチエ170より引用157ページから159ページまで)


設問1

文中の「敷き写し」と同義語をひらがな3文字で抜き出して答えよ。

設問2

赤ちゃんが意味の世界を理解していくプロセスを簡潔に説明せよ。

設問3

われわれ人間にとって、両親の存在価値は何か。簡潔に説明せよ。

ヒントでピンと

三項関係について。
三項関係とは、父と子と認識対象としての【車】の三者の関係のことです。
重要な事は、子と認識対象の二項だけでは、
言語とその意味の世界はいつまでたっても開かれないということです。

出題の意図

いつの間にか、私たちは言葉を聞いて理解し自分の考えを話したりできるようになっています。
どうして私たちは言葉を聞いたり話したりできるようになったのかを知る事、
そしてそのことによって、人間の本質を知ることが、今回の取材の意図です。

回答のお手本

設問1. なぞり

設問2. 母(保護者)の指し示しと発語の繰り返しに促される事で、
赤ちゃんは、ものには名前と意味がある事に気づく。
これが意味世界の理解である。

設問3. 人間は、誰でも自我意識を持って、
善悪の価値評価などなど、偉そうにしているが、
そもそも、それが可能なのは、保護者の導きがあったからである。

参加者の回答

回答 1

設問1. なぞる

設問2. 父や母が見る世界を自分の中の何もない世界にも同じように描きながら、
物の特徴や機能を知って理解していく。

設問3. 両親が常に自分のそばにいる人たちであるとすると、
それが周りの大人(親の友達や親戚)とは大きく違うことで、
だからこそその人が親だと判断できる。
そんな両親は単に育ててくれるだけでなく、
他の生き物たちとは違う、理性とコミュニケーション能力を持つ人間という
生き物に仕立てるために必要不可欠な存在である。


回答 2

設問1. なぞる

設問2. 赤ちゃんは、意味世界を生きている親と認識対象の三項関係の中で、
親のまなざしや見方、感じ方などを敷き写しながら、
共通の意味世界を理解していく。

設問3. 消化機能の発達していない赤ちゃんが、栄養を取る唯一の方法は母乳を飲むことである。
母親が体内に一旦取り入れた食べ物を、
母親の身体的機能を使って作り変えたものが母乳である。

子供の身体的機能が発達すると、
母乳以外のものを口にできるようになり、
次第に親が与える以外のものを食べる機会が増え、
大人になれば自分で獲得した食べ物を、
器具を使って調理して食べるようにまでなる。

同じように、赤ちゃんは、物事を認知するための機能(見る・考える・感じる能力)が発達していない。
それ故、赤ちゃんが理解する方法は、親が持つ機能(能力)によって
概念化された対象や世界観を受け取ることである。
やがて、親以外の他者との交わりを通して、
身体的能力、思考能力を発達させながら、
子供の世界観は親のそれから独立したものとなっていく。

さて、両親の存在価値とは何か。
幼い段階では子供が生きていくための資源を与えることであるが、
最終的には子供が社会の中でよりよく生きていける力を養うことである。
よりよく生きていける力とは、
自身の身体や思考、もしくは身の回りにある物や人と協調し、
その機能や能力をうまく使いこなす力である。

例えば、知識を与えるよりも、機能的な思考能力を育む教育に重点を置くこと。
また、身体以外の例えとしては、ハサミをあげる。
危ないからとやみくもに遠ざけるのではなく、
子供がハサミを活用できるよう、物を切ること、また人を傷つける可能性もあることを学習する機会を与える。
人との付き合い方に関しても、向かい合う姿勢としては、同じである。

敷き写しから学びを始める子供は、
親が持つ世界観の中に完全に収まっていた小さな点から、
やがて自分の世界観を描き出すようになる。
親は親の世界観の中に子供を留めようとするのではなく、
社会の中で、子供が自ら喜びを感じられる世界観を描き出す力を育てることが大切である。


回答 3

設問1. なぞる

設問2. 赤ちゃんは意味の世界を理解した誰かから情報を得る。
例えば、課題文の「硬質の音を立てる何かのもの」として。
その情報を元にして行動したり経験したりすることで、物理的な特性を理解する。
そして赤ちゃんは経験を積み上げていく。
そして意味世界を理解した人が、意味世界を浸透させていく(伝えていく)のである。

設問3. 世の中に存在する意味世界を認知できない人にとって、
生まれた時から最も近い存在で自分に様々な意味世界を伝えてくれた両親は必然的に重要な存在である。
また受け手側(伝えられる側=子供)にとっても生きるために様々なものを与え、
理解させ、経験させてくれた存在であるので、
素直に誠実に両親からのメッセージは他者よりも受け止めることができると考える。


回答 4

設問1. なぞる

設問2. 赤ちゃんは、五感を通じて物事の物理的な特性を理解する。
それから、既に意味を充満させた世界に生きている父親が周囲のものに対して注ぐまなざし、
その見方、感じ方、操り方をなぞり、父親が生きている意味世界を理解していく。

設問3. われわれ人間にとって、両親の存在価値は意味の世界を理解させてくれることである。
なぜなら、人間は社会的動物であり、互いを理解するためにおおよそ共通の意味世界を生きているからだ。


回答 5

設問1. なぞる

設問2. 赤ちゃんは親のような長く生きてきた人の見方、感じ方、操り方を同じようになぞっていきながら
意味世界を理解してゆく。

設問3. 両親とは、その子供が意味世界を理解していく中で最も重要な存在でもあり、
それ故に良い意味でも悪い意味でも影響を強く受けやすい。
自己肯定感などの目に見えない心の持ち方すらも子供に影響を与えると言われているが、
それは両親などの近しい人物から受けやすいと言われている。
そういったものの影響を良いモノも悪いモノも与えてくれる近しい存在とすればそれは存在価値に値するのではないかと考える。